7月 11 2018

夏コミの予定となくなった100枚超えの画像データ

iPadとProcreateを使って絵を描き始めてもう2年になる。昨年の夏前からは特によく描いていて1日か2日に1枚ずつはできていた。でもそれが6月の頭に全て無くなってしまった。iPad proを初期化したときにあるべきはずのバックアップデータがなかったからだ。200枚以上は描いていたと思うけど、数えてなかったから覚えていない。なぜバックアップがなかったかについてはアップルのスペシャリストと話したけど、結局ないものはないという話だった。愕然としたしちょっと泣いたけど、そんなことをしていてもどうにもならないので、また1から絵を描き始めた。あれから15枚くらい描いた。幸運だったことになくしたデータの一部も見つけた。十数枚か二十枚かってところだけど。なくなったデータのもっとも古いものをTwitter上の画像で見てみると、自分が考えていた程は上手じゃなかったことに気づいた。塗りも荒いし今ならもっと上手く描けると思う。そのことが悲しい気持ちを半減させた。次に描こうと思う絵のことを考えて前を向いていると、さらに後悔は小さくなる。・・・というような事情があって、夏コミの本は画像が小さくなったりちょっと少なくなったりするかもしれないけど、イラスト集を作って持っていく。冬に売り切ってしまったBL本も手を入れ直して持っていく。それ以外は急にコピー誌がでるかもしれない。今決まっているのはそのくらい。

幼稚園の頃から中学2年生まで家族で屋根裏部屋に住んでいて、天井は斜めに傾斜し、床は板張りだった。太い梁が背の高さより低いところにあってなんどもなんども頭をぶつけて嫌いな部屋だった。。空気孔程度の40センチ四方くらいの小さな窓があって、唯一そこから見える景色が大好きだった。好奇心の強い子供だったから、窓から見える気になる場所にはどこにでも行ってみた。アドバルーンのあるところ、大きな木のあるところ、赤い屋根のあるところ。その中でも一番遠くにあってどうやっても行けそうにない場所があった。とても背の高い建物でとても遠くにあり、夕方になると空気に溶け込んだような水色になり、夕日のあたる場所だけが光の色に輝いていた。天気のいい日も悪い日もその建物群を眺めていた。雨の日の光らない建物も好きだった。大好きだったし、誰かに聞いたらそこがどこか教えてもらえたかもしれないけど、ずっと秘密にして黙っていた。もしかするとそこがどこか知りたくなかったのかなとも思う。子供だったけど、遠くにある建物が近づくにつれ見え方が変わることを知っていた。それは寂しいことだ。夢に見たものがこのアパートや学校の校舎のように感じられるのが嫌だったのかもしれない。夕方の景色と、工場のラジオから流れる悲しいメロディの歌謡曲が好きだった。物悲しさに首まで浸かったマセた子供だった。


4月 24 2018

村田蓮爾さんの個展のこと

先週の金曜日は大学で帰宅が遅かったけど、翌日の土曜日の朝早くに家を出て新幹線で村田蓮爾さんの展覧会に向った。朝早く出たのは東京へ嫁いだ友達に会うためで、フジロック会場で別れて以来の再会に抱きしめたいくらい嬉しくなった。土地勘がなくて人任せな仕様のない私のために、彼女は片手に握りしめたiPhoneのマップを頼りに、望む所のどこにでも連れて行ってくれた。一緒にカレーを食べ、甘味を食べ、ギャラリーに送り届けてもらい、あたふたと別れてしまい、もっと話せばよかったと悔いに思った。

ギャラリーでは村田蓮爾さんに会った。絵を見ては気になることを尋ねてみるんだけど、いつ村田さんに絵のことを尋ねてもいつもそう、なんとなくかわされてしまう。なんでかな。他人の思うことを勝手に推し量って決めつけるのは良くないけど、村田さんもきっと誰かの絵を見ると思うんじゃないかな。私は思う。どんなふうに考えてこの輪郭線を引き、どんなふうに考えてこの輪郭線を引かずにおいて、塗りだけで形を表そうとしたのかなって。フォルクスワーゲンのヴァンの輪郭を細い線で丁寧に引いて、村田さんは形を作ってるけど、私なら同じことをしたらデッサンが狂ってしまう。ある程度のスピードを線に乗せなくても形が狂わないのは男性だからかな、とか。経年変化で全体が少しずつ凹んだ金属の鈍い光の反射の表現を、誰かに教わったわけでなく、観察と練習を重ねて描いたんだろうな、とか。描くためのアイデアを思いつき、それが正しかったと証明するために練習を重ね、誰も口の挟めない領域にたどり着いたと思ったら、また新たな別の絵を描く手法のアイデアを思いついている、そんな描き方をする人のような気がする。たくさんのことを考えすぎて話すと長くなるから話してくれないのかな。きっとそうに違いない。ちっちゃい色紙に描いても結局どんどん密度を上げてしまう。だったら大きい色紙に描けばよかったってなるって話してくれた。もっとこう、もっとこう、って追っかけてるととんでもない深い沼地にはまってしまって、それでもまだまだ潜り続けていくような、そんな性の人なんだなって感じた。それがいいよ。それが村田さんらしくて。


11月 14 2017

仕事や冬コミのこと

夏からモニターをしていたCLIP STUDIO PAINTのiPadアプリ版がリリースされて、やっと秘密を持たなくて済むようになった。評論家のような立派なことは云えないけど、画面が広く、ジェスチャーも使えて良好だ。ベータ版の時から時々二本指タップのUndoができなくなるけど、落ち着いてファイルを保存して、アプリを立ち上げ直せばまた動いてくれる。アプリ版のCLIP STUDIO PAINTに完璧を求める人もいるだろうけど、それは理想の恋人みたいに手に入らないものだと考えて、より良いアプリにしていくためにフィードバックを送ればいい。私はかなり気に入ってる。本当を云うとCLIP STUDIOなんて大嫌いだった。だってよく知らなかったから。知らないことを嫌いと云いかえていたダメな大人だった。

冬コミのこと。ずっと描き続けていた落書きがまた100枚を超えたのでそれをイラスト集にして出すことと、夏に描きかかっていたBL漫画を完成させて、それも別の一冊にして、合計2冊を出そうと思っている。云ったからには出さなければ。今回はイベントに来ることが困難な古いファンの方のために、通販分もかなり多めに刷る予定。缶バッヂもいっぱい配りたい。

商業誌のこと、これはもうちょっと先で話させてください。まだ内緒。描き慣れないネームを描いたり、シナリオを作ったりしてるところ。

少し前に自分の日記帳に毎日のようにネガティブなことばかりを書き連ねていた。そのおおよそは自分自身の不甲斐なさについて嘆く内容。そんな風に落ち込むと絵を描くことにしている。絵を描くことに集中して忘れてしまおうとしている。最近はクリスマスが近づいて来るので機嫌がいい。一年で一番、何もかもにイルミネーションが取り付けられて、光らなくていいものまで光り輝く季節だから。これを書き終えたら絵を描く。仕事もする。遅くに寝て早くに起きて仕事に行く。電車に乗ったら、もっと効率よく漫画を描く方法を考える。


3月 31 2017

モーニングの漫画のことやこの先のこと

作品は読む人のものだから、作り手は何も云うことがない。作品でうまく伝えられなかったら、それは全て私が悪い。次に生かして精進する。商業誌は久しぶりで、ちょっと不思議な理由で描かせていただいたんだけれど、実は同人誌はここ10年くらいはそこそこ描いていた。でもそれじゃダメなんだってわかった瞬間があった。私の漫画を読んでくれようと思ってくれる人たちはみんな忙しい。2016年や2017年に、アマゾンで買えない本なんて意味がない。同人誌即売会に足を運んでくださる方々はとても奇特な方だと思ってる。本当に頭がさがる。お盆や暮れの忙しいさなかに、あの人混みに来て漫画を買ってくれと云うのはとても横柄なことだと思った。だから商業誌でなくっちゃって。でも実のところ、この先の商業誌の予定はない。予定がなければ自分で作って行くしかない。単行本に足りなかった原稿を書き下ろして本を出してもらうようにお願いするとか、新しいものを描きためて、どこかで単行本にして出してもらうとか、自分が先に何かを作らなきゃ誰も手を貸してくれないこともわかっている。
誤解を恐れず云うなら、自分の作品は誰かの人生の一部かもしれないって思うこと。偉そうなことをいうつもりはないんだけれど、時々ふとそう思う。だから甘えたり、描きたくないって思うこと自体罪深いことなんじゃないかなって。本当のことを云うと大学で働いていれば食べてはいける。だけど見放さず読んでくれようと待ってくれている人たちに恩を返さなくちゃって、だから人の倍働いて漫画を描こうと誓いを立てた。みっともないくらい宣伝してみたり、買ってくださいとお願いしたり、たくさんの落書きを描いたりするのも支えてくれた人の恩に報いたいだけ。「今月の多田由美の漫画はイマイチだった、何が言いたいのかさっぱりわからない」なんてまた云われたい。次は面白いかな?あんまりグダグダだともう読まないぞ、とか。でもそれをするにはもうちょっと本が売れないと。

これを読んでくださっている編集者さんへ。原稿のお仕事があったら声をかけてください。タダでとは云えないけど、割と安めの原稿料でも描きます。お話を作るのに時間がかかりますが、原稿そのものを描く時間はうんと速くなりました。


1月 4 2017

個展や冬コミのお礼など

とても忙しかったのでたくさんのお礼を云わなければならなかったのに、年が明けてしまってからになってしまい申し訳ありませんでした。単行本を買ってくださったこと、個展に来てくださったこと(何度も来てくださった方がいたこと!)、ミニ講義に来てくださったこと、12月28日のこと、冬のコミケのこと、全てに感謝しています。本当にありがとうございました。思い返すとどの日も寒く、どの方もとてもお忙しいだろうにお時間を作ってくださって、私ほどの幸せものはいないだろうと強く思いました。たくさんのお菓子やお花やお手紙もありがとうございました。会って話しをして、握手をして、涙ぐんでくださった方々、本当にありがとうございました。私が誰かの何かになれたことがとても嬉しかったです。それからずっと長い間、ちゃんと描いてなくてごめんなさい。描けるのに描かないことの罪深さを思い知りました。いくら詫びても反省してもそれは後ろ向きなことなので、私の描く何かを好きだと思ってくれる誰かのことを思い描きながら、人を喜ばせて生きようと思いました。具体的な仕事や、作ったものがお知らせできる日を心待ちにしています。まだ云えないけど、近い将来に何かお知らせできるはずです。

12月のある晴れた日に、大学の最寄駅までの道のりを歩きながら、私は神様から何をもらったんだろうと考えた。人は必ず何か一つは良いところを授かって生まれてきているはずと信じているんだけど、じゃあ私は何をもらったんだろう、と。T字の交差点の手前のフェンスのあるあたりで、そうだ、それはきっと孤独とうまく付き合えることだと思い至った。さみしい時と悲しい時と怒りに満ちている時は飽きるまで日記を書き、それでも足りない時は自分を二つにわけて、頭の中で延々と話し続けた。空想を巡らし、頭の中で行ったことのないところへ行き、歩いたことのない道を何度も行ったり来たりして、ここじゃないどこかで長い時間を過ごした。そこはいつも行きたい場所で思い描くだけでいつでもそこに戻れるから、現実は思うよりは辛くなかった。空想に逃げ込めない時は辛かったけど。よく人も観察した。さみしい人のことはよく分かる。他人のちょっとした仕草が心に引っかかり、そんな事柄をかき集めては漫画や絵に描いた。寂しさはいつも隣にいる。でも怖くない。ずっと一緒だったから。付き合う方法を知っている、たぶん。私に何か一つあるとしたら、たぶんそれだけ。裏切りのサーカスでプリドーがローチ少年に、観察眼は孤独な者の資質と云ったことが本当だとしたら、私もスパイになれるかもしれない。

次のイベントは1月8日日曜日、インテックス大阪Comic CityのArteVarieです。その次は、5月のコミティアを予定しています。インテで頒布後、残ったものは通販委託を検討中です。

1月8日 インテックス大阪 ArteVarie 3号館 E15