1月 21 2019

連載のこと、日々のこと。

モーニングtwoの連載、レッド・ベルベットは5話目を描き終えて、1月22日くらいに発売の号にそれが載るはずです。1話目の試し読みがこちらからできますので興味のある方は読んでみてください。内容は男の子二人が出てきて、たくさんの悲しいことと、ちょっとの幸せと、家族のこと、子供の世界の狭さなんかを描いています。昔から読んでくださっている人にはわかる、いつもみたいな漫画です。ケーキとスクーターとすぐ人を殴る悪い人と、レモネードとナイフとハグと。好きなものを描いているので私はたいそう幸せだけど、読み手の方がどう感じているかは書き手には永遠に知ることができません。本当は、一生懸命描けば伝わるんじゃないかなって思ってるんですが。

大学と専門学校で仕事をしながら漫画を描いてるから、それはもう時間がなくて、ちょっとでも効率化が図れるよう、できる限りの無駄を省く工夫をしている。iPad Proで漫画を描くのもその理由の一つで、これがなかったら私はもう2度と連載なんかできなかったんじゃないかなって、掛け値無しに思ってる。今は空いた時間が10分でもあれば漫画が描ける。半コマでも、1キャラでも、アタリだけでも。そうでなければtwitterでみてもらうイラストのアイデアだけでも。たくさんかけばよりわかってもらえる気がする。イラストでもいいけど、漫画ならより深く理解してもらえるって信じてる。漫画を描いて、読んでもらって、それが心のどこかに引っかかって、記憶に残ってくれたら何より嬉しい。贅沢を云うならずっと漫画を描いていたい。今の連載がずっと続けばいいってこととは違って、どこででもいいから描けたら幸せなのにって思う。利口じゃないから思ったことをすぐ口にしてしまうから、そう云うことを云うもんじゃないって時々云われてしまうけど、本当に思うことだからしょうがない。大学から遠く離れて一日中でも描いていたい。学校で仕事しているからこそそんな風に思うのかもしれないけど。

毎日の暮らしは、朝6時か7時に目が覚めて、大学へ行く日は8時過ぎたら家を出て、行かない日はコーヒーをいれたりしてから出かけてシナリオを書いたり、コワーキングスペースで原稿を描いたりしている。大学に行かない日は家族のお昼ご飯を調達して、また原稿をして、夜ご飯を作る。そのあとは夜中の2時くらいまで絵を描くか原稿を描くかしている。月に一回くらいは映画かライヴに行けるか、時々は繁華街をぶらぶらするんだけど、大好きだった文房具屋も画材屋も、シャーペンですらほとんど使わなくなったので必要なくて眺めに行くこともしなくなった。物欲もあまりなくなって、履く靴はいつも決まってて壊れるまで履くし、たまにライヴ会場でマーチャンダイズのTシャツを買うくらい。iPad Proこそ最新のを持ってるけど、電話はiPhone 7だしカメラも持ってないしカバンも10年くらい使ってる。シナリオはノートに書くけど、必ずキャンパスノートを使ってる。B罫で読みづらい字を詰め詰めに書く。同じノートに日記も書く。悲しみや後悔も書く。


7月 11 2018

夏コミの予定となくなった100枚超えの画像データ

iPadとProcreateを使って絵を描き始めてもう2年になる。昨年の夏前からは特によく描いていて1日か2日に1枚ずつはできていた。でもそれが6月の頭に全て無くなってしまった。iPad proを初期化したときにあるべきはずのバックアップデータがなかったからだ。200枚以上は描いていたと思うけど、数えてなかったから覚えていない。なぜバックアップがなかったかについてはアップルのスペシャリストと話したけど、結局ないものはないという話だった。愕然としたしちょっと泣いたけど、そんなことをしていてもどうにもならないので、また1から絵を描き始めた。あれから15枚くらい描いた。幸運だったことになくしたデータの一部も見つけた。十数枚か二十枚かってところだけど。なくなったデータのもっとも古いものをTwitter上の画像で見てみると、自分が考えていた程は上手じゃなかったことに気づいた。塗りも荒いし今ならもっと上手く描けると思う。そのことが悲しい気持ちを半減させた。次に描こうと思う絵のことを考えて前を向いていると、さらに後悔は小さくなる。・・・というような事情があって、夏コミの本は画像が小さくなったりちょっと少なくなったりするかもしれないけど、イラスト集を作って持っていく。冬に売り切ってしまったBL本も手を入れ直して持っていく。それ以外は急にコピー誌がでるかもしれない。今決まっているのはそのくらい。

幼稚園の頃から中学2年生まで家族で屋根裏部屋に住んでいて、天井は斜めに傾斜し、床は板張りだった。太い梁が背の高さより低いところにあってなんどもなんども頭をぶつけて嫌いな部屋だった。。空気孔程度の40センチ四方くらいの小さな窓があって、唯一そこから見える景色が大好きだった。好奇心の強い子供だったから、窓から見える気になる場所にはどこにでも行ってみた。アドバルーンのあるところ、大きな木のあるところ、赤い屋根のあるところ。その中でも一番遠くにあってどうやっても行けそうにない場所があった。とても背の高い建物でとても遠くにあり、夕方になると空気に溶け込んだような水色になり、夕日のあたる場所だけが光の色に輝いていた。天気のいい日も悪い日もその建物群を眺めていた。雨の日の光らない建物も好きだった。大好きだったし、誰かに聞いたらそこがどこか教えてもらえたかもしれないけど、ずっと秘密にして黙っていた。もしかするとそこがどこか知りたくなかったのかなとも思う。子供だったけど、遠くにある建物が近づくにつれ見え方が変わることを知っていた。それは寂しいことだ。夢に見たものがこのアパートや学校の校舎のように感じられるのが嫌だったのかもしれない。夕方の景色と、工場のラジオから流れる悲しいメロディの歌謡曲が好きだった。物悲しさに首まで浸かったマセた子供だった。


4月 24 2018

村田蓮爾さんの個展のこと

先週の金曜日は大学で帰宅が遅かったけど、翌日の土曜日の朝早くに家を出て新幹線で村田蓮爾さんの展覧会に向った。朝早く出たのは東京へ嫁いだ友達に会うためで、フジロック会場で別れて以来の再会に抱きしめたいくらい嬉しくなった。土地勘がなくて人任せな仕様のない私のために、彼女は片手に握りしめたiPhoneのマップを頼りに、望む所のどこにでも連れて行ってくれた。一緒にカレーを食べ、甘味を食べ、ギャラリーに送り届けてもらい、あたふたと別れてしまい、もっと話せばよかったと悔いに思った。

ギャラリーでは村田蓮爾さんに会った。絵を見ては気になることを尋ねてみるんだけど、いつ村田さんに絵のことを尋ねてもいつもそう、なんとなくかわされてしまう。なんでかな。他人の思うことを勝手に推し量って決めつけるのは良くないけど、村田さんもきっと誰かの絵を見ると思うんじゃないかな。私は思う。どんなふうに考えてこの輪郭線を引き、どんなふうに考えてこの輪郭線を引かずにおいて、塗りだけで形を表そうとしたのかなって。フォルクスワーゲンのヴァンの輪郭を細い線で丁寧に引いて、村田さんは形を作ってるけど、私なら同じことをしたらデッサンが狂ってしまう。ある程度のスピードを線に乗せなくても形が狂わないのは男性だからかな、とか。経年変化で全体が少しずつ凹んだ金属の鈍い光の反射の表現を、誰かに教わったわけでなく、観察と練習を重ねて描いたんだろうな、とか。描くためのアイデアを思いつき、それが正しかったと証明するために練習を重ね、誰も口の挟めない領域にたどり着いたと思ったら、また新たな別の絵を描く手法のアイデアを思いついている、そんな描き方をする人のような気がする。たくさんのことを考えすぎて話すと長くなるから話してくれないのかな。きっとそうに違いない。ちっちゃい色紙に描いても結局どんどん密度を上げてしまう。だったら大きい色紙に描けばよかったってなるって話してくれた。もっとこう、もっとこう、って追っかけてるととんでもない深い沼地にはまってしまって、それでもまだまだ潜り続けていくような、そんな性の人なんだなって感じた。それがいいよ。それが村田さんらしくて。


11月 14 2017

仕事や冬コミのこと

夏からモニターをしていたCLIP STUDIO PAINTのiPadアプリ版がリリースされて、やっと秘密を持たなくて済むようになった。評論家のような立派なことは云えないけど、画面が広く、ジェスチャーも使えて良好だ。ベータ版の時から時々二本指タップのUndoができなくなるけど、落ち着いてファイルを保存して、アプリを立ち上げ直せばまた動いてくれる。アプリ版のCLIP STUDIO PAINTに完璧を求める人もいるだろうけど、それは理想の恋人みたいに手に入らないものだと考えて、より良いアプリにしていくためにフィードバックを送ればいい。私はかなり気に入ってる。本当を云うとCLIP STUDIOなんて大嫌いだった。だってよく知らなかったから。知らないことを嫌いと云いかえていたダメな大人だった。

冬コミのこと。ずっと描き続けていた落書きがまた100枚を超えたのでそれをイラスト集にして出すことと、夏に描きかかっていたBL漫画を完成させて、それも別の一冊にして、合計2冊を出そうと思っている。云ったからには出さなければ。今回はイベントに来ることが困難な古いファンの方のために、通販分もかなり多めに刷る予定。缶バッヂもいっぱい配りたい。

商業誌のこと、これはもうちょっと先で話させてください。まだ内緒。描き慣れないネームを描いたり、シナリオを作ったりしてるところ。

少し前に自分の日記帳に毎日のようにネガティブなことばかりを書き連ねていた。そのおおよそは自分自身の不甲斐なさについて嘆く内容。そんな風に落ち込むと絵を描くことにしている。絵を描くことに集中して忘れてしまおうとしている。最近はクリスマスが近づいて来るので機嫌がいい。一年で一番、何もかもにイルミネーションが取り付けられて、光らなくていいものまで光り輝く季節だから。これを書き終えたら絵を描く。仕事もする。遅くに寝て早くに起きて仕事に行く。電車に乗ったら、もっと効率よく漫画を描く方法を考える。


3月 31 2017

モーニングの漫画のことやこの先のこと

作品は読む人のものだから、作り手は何も云うことがない。作品でうまく伝えられなかったら、それは全て私が悪い。次に生かして精進する。商業誌は久しぶりで、ちょっと不思議な理由で描かせていただいたんだけれど、実は同人誌はここ10年くらいはそこそこ描いていた。でもそれじゃダメなんだってわかった瞬間があった。私の漫画を読んでくれようと思ってくれる人たちはみんな忙しい。2016年や2017年に、アマゾンで買えない本なんて意味がない。同人誌即売会に足を運んでくださる方々はとても奇特な方だと思ってる。本当に頭がさがる。お盆や暮れの忙しいさなかに、あの人混みに来て漫画を買ってくれと云うのはとても横柄なことだと思った。だから商業誌でなくっちゃって。でも実のところ、この先の商業誌の予定はない。予定がなければ自分で作って行くしかない。単行本に足りなかった原稿を書き下ろして本を出してもらうようにお願いするとか、新しいものを描きためて、どこかで単行本にして出してもらうとか、自分が先に何かを作らなきゃ誰も手を貸してくれないこともわかっている。
誤解を恐れず云うなら、自分の作品は誰かの人生の一部かもしれないって思うこと。偉そうなことをいうつもりはないんだけれど、時々ふとそう思う。だから甘えたり、描きたくないって思うこと自体罪深いことなんじゃないかなって。本当のことを云うと大学で働いていれば食べてはいける。だけど見放さず読んでくれようと待ってくれている人たちに恩を返さなくちゃって、だから人の倍働いて漫画を描こうと誓いを立てた。みっともないくらい宣伝してみたり、買ってくださいとお願いしたり、たくさんの落書きを描いたりするのも支えてくれた人の恩に報いたいだけ。「今月の多田由美の漫画はイマイチだった、何が言いたいのかさっぱりわからない」なんてまた云われたい。次は面白いかな?あんまりグダグダだともう読まないぞ、とか。でもそれをするにはもうちょっと本が売れないと。

これを読んでくださっている編集者さんへ。原稿のお仕事があったら声をかけてください。タダでとは云えないけど、割と安めの原稿料でも描きます。お話を作るのに時間がかかりますが、原稿そのものを描く時間はうんと速くなりました。