2月 21 2019

2月22日、6話目発売です。寺田克也さんと対談しました

モーニングツーが発売です、2月22日に。レッド・ベルベットの6話目が載っています。寺田克也さんとの対談記事もあります。

2016年9月の日記で神様と仲直りしたと書いてからずっと、絵は描き続けている。漫画も描いている。モーニングツーの連載作品をを読んでくださっている人が、展開が暗くて、あまり救いがなくて、気が重くなってしまうようなら本当に申し訳ないと思ってる。小さな幸せが好きなのでどうしてもそうなってしまう。でも、この世のどこかでまっすぐに生きられなかった人達が見つけて読んでくれたらいいなって。特に若い人で、感受性の強い人は是非読んでほしい。ここから読めるから。イラストを見て気になってる人は読みに行って。ちょっと読みにくいけど、共感できたらそれは、選ばれし者の証だから、たぶん。

大学にはもう10年いる。生活を安定させるために大学で勤め始めた。往復4時間の通勤時間は怒りを覚えるほど長くて無駄な時間だと何度でも思う。それでも大学には感謝している。無理もきいてもらったし、たいそう好きにもさせてもらった。入試や懇談の後の静かな研究室で一心不乱に漫画を描くのが好きだった。校内にある図書館で、古い建物の本を見たり、エンブロイダリーの本を読んだり、時々、地球の歩き方を貸し出してもらって、旅行に持っていくのも好きだった。大きくて匂いの良いローズマリーの木があって、枝をくすねて帰っては鉢植えで増やしたりもした。食堂は大嫌いで、ここ数年は足も向けなかった。紙カップのコーヒーマシンを撤廃したことを今でも恨んでいる。思い出話のように書いているけど、それは春休みで大学から遠ざかっているからだろう。教えることも学生と話すことも好きだったのに、通勤と雑務と会議には10年経っても慣れない。10年慣れないってことは向いてないってことなのかもな。人ごとのように感じるのは心が離れてしまっているからかもしれない。腹を立ててるくらいの方がまだいいのかも。


1月 21 2019

連載のこと、日々のこと。

モーニングtwoの連載、レッド・ベルベットは5話目を描き終えて、1月22日くらいに発売の号にそれが載るはずです。1話目の試し読みがこちらからできますので興味のある方は読んでみてください。内容は男の子二人が出てきて、たくさんの悲しいことと、ちょっとの幸せと、家族のこと、子供の世界の狭さなんかを描いています。昔から読んでくださっている人にはわかる、いつもみたいな漫画です。ケーキとスクーターとすぐ人を殴る悪い人と、レモネードとナイフとハグと。好きなものを描いているので私はたいそう幸せだけど、読み手の方がどう感じているかは書き手には永遠に知ることができません。本当は、一生懸命描けば伝わるんじゃないかなって思ってるんですが。

大学と専門学校で仕事をしながら漫画を描いてるから、それはもう時間がなくて、ちょっとでも効率化が図れるよう、できる限りの無駄を省く工夫をしている。iPad Proで漫画を描くのもその理由の一つで、これがなかったら私はもう2度と連載なんかできなかったんじゃないかなって、掛け値無しに思ってる。今は空いた時間が10分でもあれば漫画が描ける。半コマでも、1キャラでも、アタリだけでも。そうでなければtwitterでみてもらうイラストのアイデアだけでも。たくさんかけばよりわかってもらえる気がする。イラストでもいいけど、漫画ならより深く理解してもらえるって信じてる。漫画を描いて、読んでもらって、それが心のどこかに引っかかって、記憶に残ってくれたら何より嬉しい。贅沢を云うならずっと漫画を描いていたい。今の連載がずっと続けばいいってこととは違って、どこででもいいから描けたら幸せなのにって思う。利口じゃないから思ったことをすぐ口にしてしまうから、そう云うことを云うもんじゃないって時々云われてしまうけど、本当に思うことだからしょうがない。大学から遠く離れて一日中でも描いていたい。学校で仕事しているからこそそんな風に思うのかもしれないけど。

毎日の暮らしは、朝6時か7時に目が覚めて、大学へ行く日は8時過ぎたら家を出て、行かない日はコーヒーをいれたりしてから出かけてシナリオを書いたり、コワーキングスペースで原稿を描いたりしている。大学に行かない日は家族のお昼ご飯を調達して、また原稿をして、夜ご飯を作る。そのあとは夜中の2時くらいまで絵を描くか原稿を描くかしている。月に一回くらいは映画かライヴに行けるか、時々は繁華街をぶらぶらするんだけど、大好きだった文房具屋も画材屋も、シャーペンですらほとんど使わなくなったので必要なくて眺めに行くこともしなくなった。物欲もあまりなくなって、履く靴はいつも決まってて壊れるまで履くし、たまにライヴ会場でマーチャンダイズのTシャツを買うくらい。iPad Proこそ最新のを持ってるけど、電話はiPhone 7だしカメラも持ってないしカバンも10年くらい使ってる。シナリオはノートに書くけど、必ずキャンパスノートを使ってる。B罫で読みづらい字を詰め詰めに書く。同じノートに日記も書く。悲しみや後悔も書く。


11月 14 2017

仕事や冬コミのこと

夏からモニターをしていたCLIP STUDIO PAINTのiPadアプリ版がリリースされて、やっと秘密を持たなくて済むようになった。評論家のような立派なことは云えないけど、画面が広く、ジェスチャーも使えて良好だ。ベータ版の時から時々二本指タップのUndoができなくなるけど、落ち着いてファイルを保存して、アプリを立ち上げ直せばまた動いてくれる。アプリ版のCLIP STUDIO PAINTに完璧を求める人もいるだろうけど、それは理想の恋人みたいに手に入らないものだと考えて、より良いアプリにしていくためにフィードバックを送ればいい。私はかなり気に入ってる。本当を云うとCLIP STUDIOなんて大嫌いだった。だってよく知らなかったから。知らないことを嫌いと云いかえていたダメな大人だった。

冬コミのこと。ずっと描き続けていた落書きがまた100枚を超えたのでそれをイラスト集にして出すことと、夏に描きかかっていたBL漫画を完成させて、それも別の一冊にして、合計2冊を出そうと思っている。云ったからには出さなければ。今回はイベントに来ることが困難な古いファンの方のために、通販分もかなり多めに刷る予定。缶バッヂもいっぱい配りたい。

商業誌のこと、これはもうちょっと先で話させてください。まだ内緒。描き慣れないネームを描いたり、シナリオを作ったりしてるところ。

少し前に自分の日記帳に毎日のようにネガティブなことばかりを書き連ねていた。そのおおよそは自分自身の不甲斐なさについて嘆く内容。そんな風に落ち込むと絵を描くことにしている。絵を描くことに集中して忘れてしまおうとしている。最近はクリスマスが近づいて来るので機嫌がいい。一年で一番、何もかもにイルミネーションが取り付けられて、光らなくていいものまで光り輝く季節だから。これを書き終えたら絵を描く。仕事もする。遅くに寝て早くに起きて仕事に行く。電車に乗ったら、もっと効率よく漫画を描く方法を考える。


7月 10 2017

連載と夏コミのこと

2009年に父親が亡くなってから、人が死んだり傷つけたりするお話が描けなくなってしまった。飛行機にも乗れなくなり、エレベーターも電車の揺れも怖くて仕方なかった。生きることと死ぬことの両方が怖くて仕方なく、一年くらいは虚空を見つめては泣いてばかりいた。でもここ二年くらいは死ぬことも生きることの一部と、フォレスト・ガンプのママの云ったことを噛み締められるようになった。一年ほど前に約束したように、(してないかもしれない。したような気がするけど)ちょっと長めのお話を読んでもらいたいという願いが叶うかもしれない。現実になれば連載が始められる。そしたら毎月読んでもらえる。人の生き死にを題材にしたものも描けるようになった。描く必要が必ずしもあるわけではないけど、不自然に避けて通ることをしなくて良くなった。心からありがたいと思う。

そんなこともあって、夏コミは最初に予定していたものが描けなくなった。代わりに何を描こうかと思案して、そうだ、ちゃんとしたBLを描いてみようと思い至った。いつか描こうと思いながらも描かずにいたけど、勿体付けてなんの得があるものかと気づき、どうせ薄っぺらな本しか出せないから一石二鳥という具合になった。それと、この一年で描き続けた百枚ほどのカラーイラストをまとめたものも一冊。時間はあまりないけど、どうか美しい本が作れますように。


3月 31 2017

モーニングの漫画のことやこの先のこと

作品は読む人のものだから、作り手は何も云うことがない。作品でうまく伝えられなかったら、それは全て私が悪い。次に生かして精進する。商業誌は久しぶりで、ちょっと不思議な理由で描かせていただいたんだけれど、実は同人誌はここ10年くらいはそこそこ描いていた。でもそれじゃダメなんだってわかった瞬間があった。私の漫画を読んでくれようと思ってくれる人たちはみんな忙しい。2016年や2017年に、アマゾンで買えない本なんて意味がない。同人誌即売会に足を運んでくださる方々はとても奇特な方だと思ってる。本当に頭がさがる。お盆や暮れの忙しいさなかに、あの人混みに来て漫画を買ってくれと云うのはとても横柄なことだと思った。だから商業誌でなくっちゃって。でも実のところ、この先の商業誌の予定はない。予定がなければ自分で作って行くしかない。単行本に足りなかった原稿を書き下ろして本を出してもらうようにお願いするとか、新しいものを描きためて、どこかで単行本にして出してもらうとか、自分が先に何かを作らなきゃ誰も手を貸してくれないこともわかっている。
誤解を恐れず云うなら、自分の作品は誰かの人生の一部かもしれないって思うこと。偉そうなことをいうつもりはないんだけれど、時々ふとそう思う。だから甘えたり、描きたくないって思うこと自体罪深いことなんじゃないかなって。本当のことを云うと大学で働いていれば食べてはいける。だけど見放さず読んでくれようと待ってくれている人たちに恩を返さなくちゃって、だから人の倍働いて漫画を描こうと誓いを立てた。みっともないくらい宣伝してみたり、買ってくださいとお願いしたり、たくさんの落書きを描いたりするのも支えてくれた人の恩に報いたいだけ。「今月の多田由美の漫画はイマイチだった、何が言いたいのかさっぱりわからない」なんてまた云われたい。次は面白いかな?あんまりグダグダだともう読まないぞ、とか。でもそれをするにはもうちょっと本が売れないと。

これを読んでくださっている編集者さんへ。原稿のお仕事があったら声をかけてください。タダでとは云えないけど、割と安めの原稿料でも描きます。お話を作るのに時間がかかりますが、原稿そのものを描く時間はうんと速くなりました。