村田蓮爾さんの個展のこと

先週の金曜日は大学で帰宅が遅かったけど、翌日の土曜日の朝早くに家を出て新幹線で村田蓮爾さんの展覧会に向った。朝早く出たのは東京へ嫁いだ友達に会うためで、フジロック会場で別れて以来の再会に抱きしめたいくらい嬉しくなった。土地勘がなくて人任せな仕様のない私のために、彼女は片手に握りしめたiPhoneのマップを頼りに、望む所のどこにでも連れて行ってくれた。一緒にカレーを食べ、甘味を食べ、ギャラリーに送り届けてもらい、あたふたと別れてしまい、もっと話せばよかったと悔いに思った。

ギャラリーでは村田蓮爾さんに会った。絵を見ては気になることを尋ねてみるんだけど、いつ村田さんに絵のことを尋ねてもいつもそう、なんとなくかわされてしまう。なんでかな。他人の思うことを勝手に推し量って決めつけるのは良くないけど、村田さんもきっと誰かの絵を見ると思うんじゃないかな。私は思う。どんなふうに考えてこの輪郭線を引き、どんなふうに考えてこの輪郭線を引かずにおいて、塗りだけで形を表そうとしたのかなって。フォルクスワーゲンのヴァンの輪郭を細い線で丁寧に引いて、村田さんは形を作ってるけど、私なら同じことをしたらデッサンが狂ってしまう。ある程度のスピードを線に乗せなくても形が狂わないのは男性だからかな、とか。経年変化で全体が少しずつ凹んだ金属の鈍い光の反射の表現を、誰かに教わったわけでなく、観察と練習を重ねて描いたんだろうな、とか。描くためのアイデアを思いつき、それが正しかったと証明するために練習を重ね、誰も口の挟めない領域にたどり着いたと思ったら、また新たな別の絵を描く手法のアイデアを思いついている、そんな描き方をする人のような気がする。たくさんのことを考えすぎて話すと長くなるから話してくれないのかな。きっとそうに違いない。ちっちゃい色紙に描いても結局どんどん密度を上げてしまう。だったら大きい色紙に描けばよかったってなるって話してくれた。もっとこう、もっとこう、って追っかけてるととんでもない深い沼地にはまってしまって、それでもまだまだ潜り続けていくような、そんな性の人なんだなって感じた。それがいいよ。それが村田さんらしくて。


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