なるべく日記を書かなくちゃと思います

10年くらい前はよく日記をサイトに上げていた。大学ノートや日記帳やパソコンに、その時思ったことを毎日のように書いていたから、ただそれの延長だったんだ。ここ何年かはあまりウェブの日記を書かなくなった。代わりに絵を描いているから。労力はどちらも同じくらい。もっと絵も文字も、さらっと書けたらいいのに。漫画もだ。日記を頻繁に書かなくなったのは辛く悲しいことは書かないでおこうと決めたことと、絵を描くのに時間が取られることのせいだ。でも、たぶん、日記はあまり誰も読んでないだろうから、少しくらい悲しかった出来事を書いてもいいかもしれない。それで心が穏やかになれるならそれほど罪深いことじゃない。

今は世の中が不安なことばかりだから、できる限り毎日普通に生きようとしている。今までだってそうだったんだけど。ただ毎日、絵を描いてご飯を作り家族と話をしたりゲームをする。死ぬ直前にだってきっと普段通りの暮らしを願うはずだから、今のうちにできる限りやっておく。だから意外に毎日が幸せだと感じる。以前はひとりで地下鉄なんかで出かけて電車に揺られているときに、今体のどこも痛くなく、家族も健康で仕事もある。それはとても幸せなことなんじゃないか、と、そのことに気がつくたびに感じていた。ひとりでいるときに何度もそう思った。今では出かけることも叶わなくなったけど、元どおりの生活を諦めたので意外に普段と変わらず落ち着いている。あと2年くらいはこの生活を続けないといけないと思っている。家にこもって冬眠するようなイメージ。もしかしたら来月とか再来月に、何もなかったように全てが元に戻ってるなんて少しも考えていない。ほとんどのことを諦めた。でもそれでも大丈夫。どこででも絵は描ける。私にはそれで十分。

レッド・ベルベットの2巻の応募券を往復ハガキに送ってもらうキャンペーンの葉書が家に届いて、一つ一つ読んでは返信を書いている。自分自身では相当努力をしているつもりだけど、結局はいまいちな作家なんだとよく思う。削って削って最後に残った線と、さらっと引いた線は、側から見れば同じなのだ。自信があったことなんか一度もないくらいに、起きて寝るまで自分のダメさに怯えている。稼がせてあげたかった。自慢に思ってもらいたかった。でもダメだった。ハガキに書き添えられている文章を読むと、誰かの役に立ててるのかもしれないと少し心が凪ぐのがわかる。夜にはまた不安に追いかけるかもしれないけど、水から上がった最初の呼吸のように救われた気持ちになる。返信を書く機会をくれてありがとう。初めて出会ったときのことを書いてくれてありがとう。

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